ロンドンの寿司

1週間の滞在中にロンドンの寿司事情を観察してみた。なかなかこんなテーマに金と時間をかけられるものでもあるまい。総じて寿司の流行ぶりは想像以上だったのだが、独断で類型化を試みるに、NobuZumaは別格として、寿司提供店は、4タイプに分類される。
第一に、最もファーストフード性が高いと思われる、スーパーの寿司コーナー方式販売店である。ここでは、日本の一部のスーパーの寿司売り場と全く同様に1貫づつビニールで包まれた寿司がオープン型冷蔵庫に並んでいて、客は1個づつ手で選んで箱に詰めてレジへ行く。恐らくどこかのセントラルキッチンで機械で作られているのだろう。カリフォルニアロールやスパイシーツナロールなど、巻物4貫〜8貫セット(200円〜500円)をパックで売る店もここに分類したい。発砲スチロールのパックにはECOシールが張ってあるが、再利用している気配はない。店の設備は陳列冷蔵ケースしかないから非常にシンプルだ。Wasabiというチェーン店がPiccadillyやOxford St.など最も地価の高そうなところに展開している。御飯が冷たくてパサパサ、ネタも貧弱で、軍艦など原型を留めずぐちゃぐちゃになっていたりするが、結構な店数を目にするし、客も入っている。このスタイルの店の繁盛ぶりに最も驚いた。日系のYoshinoが味は一番良かった。
第二に、コンテンポラリー・フュージョン店である。このタイプのトレンディなレストランは、フレンチ等のエッセンスを活かした創作寿司に加えて、カレー、フライ物、麺類などを売ったりもするのだが、箸は当然のように出てくるにしても、木のカウンターなどはなく、ガラスが多用され、オープンキッチンがあったり、インテリアがモダンで洒落ている点が特徴である。創作系のDinings、や中華・東南アジアテイストをも出すHare&Tortoiseなどうまい店作りと思った。また、第一と第二の中間に位置するような健康志向ファーストフード店が、過日ロシア人スパイが暗殺されたとしてニュースにもなったItsu。ここでは果物ジュース、フローズンヨーグルトなどと共に巨大カップ入り味噌汁やうどんが食せる。Miso Soupのキャッチコピーは、Forever Young!であった。
第三に、空港や主要駅にも出店しているYo-Sushiに代表される回転寿司。日本の回転寿司と違うのは、前述のトレンディ型同様に洒落ており、やや薄暗い照明店内には本日のオススメネタの札などまったく見られず、代わりに小冊子のメニューが配られる。困ったことはないかと店員は結構話しかけてくる。値段別の空色、ピンク、オレンジ、紫、といった皿の色がヴィヴィッドだが、ネタは大したことない。それでも、普通に10皿近く食べるとあっという間に数千円に達するほど客単価は高い。カップル多し。デパートSelfridge内の店は行列も。回っていない寿司を注文したら、ベルト上とは別にストックしている皿を持ってきた。皿の上の乾燥防止蓋には製造時間がシール張りされており、古くなった寿司がごそっとゴミ袋行きになるのを目の前で見た。
第四に、日本の普通の寿司屋をそのまま持ってきたようなスタイルで、握り手も給仕者も日本人の比率が高い店である。客が入ると必ず「いらっしゃいませ」の声がかかる。てんぷら、焼き鳥、焼き魚、丼物も出す方が普通のよう。違うのは、握り手は黙々と握り続け、日本人同士であってもなかなか客と会話がないこと。お茶は有料であることなど。ネタは大体どこも似たようなもので、サーモンが必ず加わり、白身はスズキかカレイかタイ。殆どが養殖で、旬というものがない。冷凍のコハダや赤貝も食べてみたが、食べられたものじゃなかった。決まった10貫セットでも、日本人とそれ以外とでネタを変えるらしく、ある店で自分が頼んだなかにあった鉄火巻とホタテ貝が、イギリス人向けだとカリフォルニアロールの裏巻と玉子焼になったりするらしい。ある店では一番高い定食(約7千円)を頼んでみたが、てんぷらや焼き鳥、鮭の照り焼きのようなこってりした料理の後でのぱっとしない寿司で、げっそりした想いになった。だが、こちらがげっそりするような寿司でも当地ではこれぞauthentic japaneseと高い評判になっていたりする。
なお、マグロは希少な生物資源であるとする考え方が相当に浸透しているようだ。どんなに美味であろうと、採り過ぎてはいけない、食べ過ぎてはいけない、という意見が支配的なようなのである。従って店側も、消費者から良い印象を得るべく、マグロの販売にあたっては控えめであることを求められるんだそうだ。特にホンマグロは稀少視され、当店はキハダ・ビンチョウマグロしか扱いません、と店頭表示する店も多い。
求人広告を見てコンタクトしてみたら、これから初めてレストランを開業するという不動産ディベロッパー上がりの若いイギリス人起業家と会うことができた。寿司以外に焼きそば、お好み焼き、たこ焼きを供する店を開店予定と言う。寿司や刺身の切りつけができる人間を雇うことが困難らしい。健康志向の店の限界を衝く戦略なのだそうだ。
板前の就労条件については、外食の労働時間が長いのは日本同様のようだが、一人前であれば、年収7百万円、週休2日、3週間のバカンス休暇有、であったりするという。今では労働ビザの取得が大変だし、物価高も大変なのだが、日本より好条件なのは間違いない。
当地の寿司屋を見て面白く思ったのは、客が喜ぶなら何やったっていいじゃないか、という、やったもん勝ち精神である。唐辛子を絡み付けてスパイシーにしたり、マッシュルームを乗せた寿司、海老フライの海苔巻、ラーメンはもちろん、トムヤムクンを出す店もあった気がする。本格的な和食の下積みをしていない素人の自分だからこそなのでもあろうが、どちらかというと、格式を守る純和風寿司屋よりも、アジアン・エスニックの一環や創作料理として似て非なる寿司を供する位の姿勢に痛快さを覚えたし、商売繁盛の伸びしろをも感じずにはいられなかった。