一ヶ月経過

寿司屋で働き出して1ケ月、両手の傷が減らないのは相変わらずだが、少しづつ身体は慣れてきている。
朝は、入店して最初にネタケースをセットし、湯を沸かして出汁を引き、つまの残りを確認、舎利炊き、ランチの準備にとりかかる。9:30頃、市場から仕入れた魚と共に大将が車で到着。その途端、ランチの段取りはいったん全て終了させ、魚の仕込みにとりかかる。ウロコをとる、洗う、腹を開く、拭く、ボイルする、塩で締める、酢に漬ける、おろす、といった作業を分担でこなす。大切な鮮度を保ち、速やかな流れ作業とするためになにしろ手早くこなすことが求められる。自分がよくやるのは、キンキのおろし、コハダやアジの血合いを氷水の中で歯ブラシで洗う作業、その後おしぼりで表面を磨く作業、北寄貝のヒモの掃除などだが、何をやっても自分が一番手が遅い。遅いと言っても、丁寧にできている訳でもなく、ウロコのとり落とし、骨の抜き漏れなどはしょっちゅうでその都度怒鳴られては謝っている。魚の置き方、動かし方、包丁の入れ方なども正しくやらないとその分手数がかかって遅くなるので、厳しく直されている。自分の中では、そこらじゅうが派手な鮮血に染まる赤貝を仕込んでみたい、と勝手に願っているが、今のところは殻を割る作業までしかやらせてもらえていない。1〜2時間でその日の魚の仕込みはほぼ終了。すぐにランチの準備を再開する。日替わりの定食は1000円からだから、すぐ出せるように小皿に盛り込んでストックしておく。営業は11時から13時半まで。客は近くのサラリーマンが多い。ランチの注文を受けてから出すまでの手間は大してかからないので、厨房の中ではランチの営業時間中の大半は夜の料理の準備となっている。つまの補充、お通し、コースの一品料理の準備などだ。14時位に昼のまかないがあって、夜の段取りの進捗状況次第でまかない後の仕事の量が変わってくる。その後、15分〜2時間くらいの休憩タイム。この休憩中に皆昼寝をするのだが、自分は未だこの習慣には馴染めていない。
16時から仕事再開。店の営業は17時から22時くらいまで。大抵毎日予約が入っていて、コースメニューはある程度段取りをつけていられるが、フリーのお客で急に混み出すこともあって、注文に料理が追いつかない殺気立った状態になることもある。出せる料理の数などたかが知れている自分ではあるが、それでも、出す、片付ける、煮る、焼く、蒸す、切る、盛る、といった行為を一時に要求され、それらの優先順位を考えつつ、同時平行でこなしている間にパニックに陥ってポカをやってしまうことがある。先週も車海老に竹串を挿すのを忘れて茹でてしまうポカをやった。高い皿を割ったし、穴子を黒焦げになるまで炙ったこともある。客層は、接待、宴会、カップル、家族連れなどいろいろだが、同じような客は同じ日に重なる傾向があるようだ。後片付けが終わって夜のまかないを食べるのが22時半から23時半くらいの間。寿司屋だから、寿司ネタはよく食べる。「このネタは匂うからもう客には出せない」と大将はよく言ってまかないに回してくれるのだが、自分にはいくら鼻を近付けてみても、その匂いというのがサッパリわからない。こんなに旨いのにどうして客に出さないんだろう、と不思議に思うが、そのお陰で自分が食べられる嬉しさで、疑問はすぐにどこかへ飛んでいってしまう。

こんな毎日が週に6日繰り返される。昨年とは正反対の生活だ。使えない自分だから、いつ解雇されるかわからないが、魚や料理に関する知識を日に日に増やせていて、いつ首になってもその時点までの経験がその後の生活に活かせると思う。また、もし1年、2年と続けられたらその場合はそれなりに腕も上がっている筈でそれはそれで楽しみだ。売上を伸ばすためにもっとできることもある気がしている。よい職場と縁が持てたと思っている。